「美しくなるフードセラピー9月号」掲載していただきました


ひと月ほど前取材に来ていただいた雑誌が7月28日発売となりました。

なんと、巻頭6ページ!おだやか家の紹介記事となっています。

私たちの暮らしぶり、畑の風景、日々感じていることなど、丁寧に綴ってくださっています。そしてとても嬉しかったことが「にゃんまい」を記事にしてくださったこと!シータとラーマも登場です。

今回は、一汁一菜&発酵家庭料理、ということで、シンプルな重ね煮や発酵調味料、そこから発展させた特製味噌玉のご紹介。簡単すぎてすみませんって感じですが、参考にしていただけたら嬉しいです。

そして今回、最後の最後まで校正でお手間をとらせたのがこの部分。

私は日々どんな気持ちで調理しているか。

実は、特に愛情をこめてるわけでもなく(情をこめると重くなるって感じてます)、野菜たち、その命への感謝の気持ちを感じてるわけでもなく(もちろんそれも付随して浮かび上がる感情ではあるのですが)、私が大切にしているのは「労わり」なんですね。

そう、私は食材を労わりながら調理しています。

例えば、いま手元にあるお豆腐。

その一丁の豆腐は、1日に、もしかしたら何万個も製造される豆腐なわけで、その中のただ一丁が縁あって私の手元に来た、まさに一期一会の存在に感じるんです。

これはもうすべてのものに共通するフィーリングなんです。

そしてその豆腐がたどってきた道のり、そこで見た風景(豆腐には目がないとか言われるともうこの時点でアウトです(笑))、高速の製造ラインの上を走り抜け、コンテナに押し込まれトラックで運ばれ倉庫に到着、そして店頭に並び私がそれを手に取る。

もっといえば、原料である大豆ははどんな風景を見て育ってきたのか、そのように扱われたのか、そこに想いを馳せると私はただただこう感じちゃうんです。

「お豆腐さん、道中本当にお疲れさまでした。いろいろありましたね、長い道のりでしたね、うちに来たからもう大丈夫、リラックスして過ごしてね。」

と旅人を労わるような気持ちになってしまうんです。

そしてこの豆腐を調理し食した瞬間に、豆腐は私と一体になる、私そのものになる、私という存在になるわけです。

そう思うと、目の前の豆腐を労わり大切に扱うことは、もうすでに私自身を労わり大切に扱うことと同じになると思うんです。もちろん一緒に食す家族も同様です。

そしてもし私の労わりの気持ちで食材が疲れを癒すなら、癒された食材を食べた私もまた内側から癒されるんじゃないかと。

これは野菜も同じです。

例えばお店で購入してきた、みーんな同じ背丈で同じ顔した個性を表現する自由を許されなかった野菜たちがいますね。

その子たちにも、おつかれさまー、もう大丈夫だよー、自由でいいよーって言ってあげたいって感じちゃったりするんです。

まぁ、完全に私の内側の世界観なので、理解できない方もいらっしゃるとは思いますが、私は日々そんな気持ちで調理してるし、調理だけでなく、そんな心持ちで暮らしていたいと思ってます。

とまぁ、そんなことをツラツラ語らせてもらった取材でしたが、編集、ライターの皆さんのお蔭で読みやすく良い記事にしていただいております。

どうぞ「美しくなるフードセラピー 2017年9月号[本/雑誌] (雑誌) / ビー・エー・ビージャパン 」書店やウェブでお求めくださいね。

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